ののが綴る徒然日記
懐かしい風景や陶芸・演劇等を綴っています
2014/5/29 幼き頃から
近畿三市共通のしおり。ふるさとをあとにとは、
いかにも時代を感じる。
*ポチ戴くと励みになります
のの
私の幼き頃の話で、若い人には、その時代でしか分からないことがあるようだ。 あの嘘つきお手伝いさんにしても、その頃は住み込みで、少しのお金で...
記事を読む
今から思うと、この時代では珍しく、父や母は、子育てでは、進んだ考え方をしていたと思う。 時代の変化もあったが、もともとの考え方がj「自...
預けられていた叔母の家には、木で出来た長い塀があった。まるでサザエさんの家のような塀だ。 入り口をはいると木の塀に沿って庭になってる。玄関...
昔、店をしていた頃、お客の常連とスタッフで、雑誌を発行していた。 『夏休みの友』というのだ。殆ど仲間内での雑誌だったが・・。 中心になっ...
さてさて、昭和35年頃の東京へご案内。 いろいろ思い出す人もあるかも。 きぼうと言う列車に乗って、いざ、東京へ!
昔から何かの折に 幼い頃のことを思い出す。 映像を観るように出てくる物事がある。 その話をミニミニ物語として 綴ることにした。 ...
夏休みに梅田のおばちゃんの家に預けられ、そのまま小阪に帰らず二回ぐらい 何故か箕面の料理旅館に預けられた。 母が出た日から私は子供ジプシ...
おやじ達が家を出るまで、兄も姉も 頭を洗わない不思議なスミちゃんも、 居なくなり、父とA子さん私の3人でのつかの間の生活があった。 中学...
梅田で遊んでいた時の大事なガラスは「ケンパ」と判明。そうかなぁとおぼろげに思っていたが、 東京の知り合いのAさんより早速連絡あ...
世界遺産になった富士山・その頃はそんなに騒いでない。
メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です
名前 ※
メール ※
サイト
次回のコメントで使用するためブラウザーに自分の名前、メールアドレス、サイトを保存する。
上に表示された文字を入力してください。