ののが綴る徒然日記
懐かしい風景や陶芸・演劇等を綴っています
2014/5/26 2014/6/12 幼き頃から
さてさて、昭和35年頃の東京へご案内。
いろいろ思い出す人もあるかも。
きぼうと言う列車に乗って、いざ、東京へ!
*ポチ戴くと励みになります
nonoblog
ハイヤーと言う方が普通だった頃。料金を見ればこの頃の貨幣価値が分かる。 ハイヤーの形が高級感が溢れている。 しおりの最後には小遣い帳まで...
記事を読む
あの身勝手な父のあだ名が、親戚の叔父や叔母の間で、「豆腐や」と言われていた。 「豆腐屋ってなんでや?」と、疑問に思っていたが私...
あっ 今朝も聞こえてくる。<あ~これは 洗濯してるな>母の高い声が聞こえてくる。 大体決まっている時間、兄や姉は学校。私はむっくり起き...
少女M子のジンタン中毒も落ち着き、3年生。 修学旅行「旅のしおり」10月に東京に行っている。 昭和35年10月の19日から2泊3日。 ...
近畿三市共通のしおり。ふるさとをあとにとは、 いかにも時代を感じる。
綺麗好きのおばあちゃんは、布巾かけの布巾も歪んでいたら、叱ったぐらいきちんとしていた。 漆喰の土間も、水をまいて流し、後、雑巾で水を拭いて...
小学3年生の頃になると、一人で銭湯に、行けるようになっていた。 おじいちゃんが行っていた銭湯は、町では古い方で、隣が酒屋で立ち飲み屋があっ...
「ぎゃは~~ぎゃほお~ほお~ふぁい~~ふぁい~~ぎや~~ははは~~」 あれはなんや?また、なんなんや! ごお~ごお~~ごろごろ~ ガタガタ...
<母に、抱かれているのは私> 父が帰って来た時だけ遅い...
チンチンカンカンと鳴る遮断機のところで、母の帰りを待ったあの駅近くで、 牛乳屋をやっている親戚があった。 父の二番目の姉さんの嫁ぎ先だった...
メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です
名前 ※
メール ※
サイト
次回のコメントで使用するためブラウザーに自分の名前、メールアドレス、サイトを保存する。