ののが綴る徒然日記
懐かしい風景や陶芸・演劇等を綴っています
2014/5/29 幼き頃から
川崎・重工業地帯・煙突から黙々と煙。今なら大変かも。
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生活環境が、転々としているような状態だったからか、学校にいる時間が楽しかった。 皆は家に帰るのが、楽しみで急いで帰るのに、私はなんとか学校...
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小学校2年の時に高槻から小阪に来て夏休みも過ぎ、やっと新しい学校にも慣れ 友達も出来、運動会の準備が始まりだした。運動会では「めだかの学校...
ハイヤーと言う方が普通だった頃。料金を見ればこの頃の貨幣価値が分かる。 ハイヤーの形が高級感が溢れている。 しおりの最後には小遣い帳まで...
6年間の小学校を、終えた。その間は相変わらず、叔母の家、おばあちゃんの家を 姉と二人、荷物を持ってウロウロと、交代させられて育った。殆んど...
綺麗好きのおばあちゃんは、布巾かけの布巾も歪んでいたら、叱ったぐらいきちんとしていた。 漆喰の土間も、水をまいて流し、後、雑巾で水を拭いて...
そんなささやかな幸せも長くは続きませんでした。しばらくして、ええ、期末テストも、 済んでもう直ぐ2学期が終るという頃だったと思います。 ...
中学生の始めての夏は、悪夢に終わった。姉の意地悪に、悩まされた夏だった。 少し気持ちも落ち着き始めた頃、父は休みになるといそい...
あの身勝手な父のあだ名が、親戚の叔父や叔母の間で、「豆腐や」と言われていた。 「豆腐屋ってなんでや?」と、疑問に思っていたが私...
夏休みに預けられる家<梅田のおばちゃん>のところは小阪とは別世界の所だった。 でも子供の私には決して楽しい場所ではなく、ただい...
さてさて、昭和35年頃の東京へご案内。 いろいろ思い出す人もあるかも。 きぼうと言う列車に乗って、いざ、東京へ!
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